【第62号】間

人間
空間
時間
世間
仲間
行間

ふと、「間」という言葉の奥行きと広さを感じました。

これらの漢字からわかるとおり、「間」を大切にしてきた日本人。
「間」というのは、日本人の精神性を表している言葉のように感じます。

「間」が合えば、「間に合う」「間が合う」となりますし、
「間」が合っていなければ、「間に合わない」「間違い」「間抜け」「間延び」になります。

「間」というものは、目には見えないものですが、
「間」を心得ることは、生きていく上で何かにつけ有利に働きます。

例えば、仕事は「間に合うかどうか」が信頼や成果に直結します。
筆者は研修の講師などプレゼンをする機会がよくありますが、「間」は大切です。
武道にしても、相手の間合いを外し、自分の間合いで戦うことが勝利につながります。

ただ、今に生きる人は、この「間」が狭まっているように感じます。
「間がない」という印象です。

「忙しい」「心に余裕がない」と言う人が増えたことが、それを言い表しています。

なぜ、ITの進化などで時間の効率化が進んだにも関わらず、
それに反比例するように、「時間がない」と感じる人が増えたのでしょうか。

短時間で、効率的にたくさんのものを得たい
周囲がどんどん得ているのに、自分だけ取り残されたくない
何もしないで「ボーっ」としていることへの不安

そんな心理が働いているように感じます。

それが「暇」を何かで埋め合わせたい…という行為につながります。
読者のみなさまは、ちょっと暇だな~と感じると、ついスマホを触ったりしませんか?
これは、まさに時間の「隙間」を埋める行為です。

以前、旧友に「ねぇ、暇?」と冗談半分で聞いたところ、
「暇なわけないだろ!俺は忙しいんだよ」と怒られました。
以前に増して、人は「暇人」扱いされることに自尊心が傷つく傾向にあるように感じます。

このように、「間」を「何かで埋め合わせよう」という心理や行為は無意識レベルまで刷り込まれています。

さらに言うと、昔に比べ現代は「早口」な人も増えたように感じます。
「待つ」ということができない人も増えたように感じます。
ドラマもアニメも昔に比べ展開が早くなりました。
ネット上の動画コンテンツは見切れないくらい揃っています。
商品のライフサイクル(流行り廃り)も以前に比べると短くなりました。
「あおり運転」も社会問題になっています。
SNSで色んな人と関係が築けるという点で、不特定多数の人との距離もぐっと狭まりました。

すべては「間」と関係しています。

「それが現代人の間合い」と言えば、確かにそうかもしれませんが、
もし「間」が合っていたなら、慢性的なストレスを感じたり、心理的な不調を訴える人はこんなにもいないはずです。

その反動からか、人間関係に疲れて、「他人とは深く関わらない」「職場の人とはプライベートで付き合わない」など、
身近な人間関係の「間」はむしろ開いてしまった感があります。
そうなると相互理解も生まれにくいですし、孤独感も味わいやすくなるものです。

こんな世の中だからこそ、
立ち止まって自分を振り返る「間」を取り、「自分にとっての適切な間合い」を知ることが大切に思います。

時間との間
情報との間
他人との間、
仕事との間、
ソーシャルネットワーク(社会)との間、どれをとってもです。

「それらと自分との『間』は、本当にこれで合っているのだろうか?」

ややもすると、自分を見失いやすい世の中にあり、
近からず、遠からずの、絶妙な「間合い」が取れるようになることが、
「生きていく上での知恵」と言えそうです。

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