女性活躍が進み、私自身も役員という立場になった頃のことです。
気づけば、部下である部長クラスの中にも、女性が自然と混ざるようになっていました。
部長たちは、それぞれの部門の課題や今後の方向性について、よく相談に来てくれます。
その時間は、私にとって、とても楽しく充実したひとときでした。
そんなある日、ふと気づいたことがありました。
自分の仕事に対する想いや考えを伝えるとき、
女性部下との会話が、とても心地よいのです。
言葉にしきれないニュアンスを自然にくみ取ってくれる。
「わかります」と共感し、しっかり受け止めてくれる。
「ああ、やっぱり女性同士の会話っていいな」
そんなふうに感じている自分がいました。
そのとき、ふと我に返りました。
――これって、危ないのではないか。
むしろこれは、長年、男性上司たちが無意識に陥ってきた構造と同じではないか。
そう思った瞬間、少しゾッとしました。
これまでよく言われてきた話があります。
男性上司は男性部下に仕事を任せがち。
理由はシンプルで、「話が早いから」。
男性部下は「わかりました」と即座に受け止めてくれる。
一方で女性部下は、「なぜそれをやるのか」「目的は何か」と確認してくる。
それが面倒に感じられ、結果として男性に仕事が集まってしまう。
それが積み重なり、機会の差となり、
結果として女性の成長機会が奪われてきた――そんな構造です。
そして気づけば、私はその“逆バージョン”に入りかけていました・・・
女性との会話が心地よい。
それ自体は、決して悪いことではありません。
でも、それを理由に
「話しやすい人」「自分の感覚に近い人」
ばかりと仕事を進めてしまったらどうなるか。
それは結局、性別が逆になっただけで
これまでと同じ構造を繰り返してしまうことになってしまう。
そのとき、私ははっきりと思いました。
これは「女性だから心地よい」のではない。
「この人だから」心地よいのだ。
リーダーとして本当に大切なのは、
性別でも、相性でも、心地よさでもなく、一人ひとりの個性や力を見ること。
そして、自分にとって“楽な部下”や“感覚が近い部下”だけを重用するという罠に
決してはまらないこと。
それは、かつて女性活躍を阻んできた構造そのものだからです。
人は誰でも、無意識のうちに「心地よい方」を選びたくなるものです。
けれど、その“心地よさ”の中にこそ、偏りの芽が潜んでいるのかもしれません。
心地よさは、ときに判断を鈍らせる。
だからこそ、その感覚に無自覚でいないこと。
それが、誰かの機会を守ることにつながるのだと思います。
