人と組織の”葛藤”物語

「優しい上司」の誤解。24歳の彼女が教えてくれた”本当に求められるリーダー像”

先日、若手社員向けのコーチングセッションを行っていたときのことでした。クライアントは24歳の女性(仮にBさんとします)。入社3年目で、現在の職場環境に悩みを抱えていらっしゃいました。

「最近、仕事にモヤモヤしているんです。」と、Bさんは開口一番にそう話されました。

理由を伺うと、こんな答えが返ってきました。

「自分がこのままで成長できるのかなって。上司もとても優しい人で、いつも『大丈夫?』『無理しないでね』と声をかけてくれるんです。すごく良い人で、ありがたいんですけど、やっぱり緩く感じてしまって…」

私は少し意外に感じました。一般的に、「優しい上司」は若手にとって理想的な存在だと言われています。実際、多くの記事や研修資料でも「今どきの若手には寄り添う姿勢が大切」「共感力のあるリーダーシップが求められている」といった内容をよく目にします。

でも、Bさんの表情を見ていると、そうした「優しさ」が必ずしも満足や成長につながっていないように感じられました。

「お話を聴いていると、上司の方にもちょっと思うことがあるのでしょうか?」

するとBさんは少しドキッとした顔をして

「そうですね。確かに優しいんです。でも、その優しさが『私に向けたもの』というよりは、『取扱注意だから、とりあえず優しくしておこう』と思われているではと感じてしまって」

Bさんの言葉に、私は「ハッ」としました。

そういえば、以前別の若手社員からも似たような話を聞いたことがありました。「上司は優しいけれど、なんだか物足りない」「触れるのを怖がっている気がする」「もっと背中を押してもらいたい」といった声です。

もしかすると、「優しい上司」という理想像そのものが、少しズレているのかもしれません。

「では、どんな上司だったら良いと思いますか?」と尋ねてみると、Bさんは答えました。

「実は、以前のアルバイト先に、すごく尊敬できる店長がいたんです」

「その人は別に特別優しいわけではありませんでした。むしろ、厳しいことも多かった。でも、その人の仕事に対する姿勢、お客様への向き合い方、スタッフ一人ひとりを大切にする考え方が本当に素晴らしくて」

「『この人に認められたい』って思えたんです。そして実際、その店長のもとでは自分でも驚くほど成長できました」

Bさんの話を聞きながら、私は改めて気づかされました。

若手社員が本当に求めているのは、「優しさ」ではなく「尊敬」なのかもしれません。

「寄り添ってくれる」上司よりも、「この人のようになりたい」と思える上司。 「大丈夫だよ」と慰めてくれる上司よりも、「君ならできる」と背中を押してくれる上司。 「無理しないで」と気遣ってくれる上司よりも、「一緒に挑戦しよう」と誘ってくれる上司。

そんな存在なのではないでしょうか。

確かに、時代は変わりました。パワハラやモラハラへの意識も高まり、上司の在り方も大きく変化しています。「昔のような厳しい指導」は時代遅れなのかもしれません。

しかし、だからといって「優しくするだけ」が正解というわけでもないのかもしれません。

大切なのは、その人の「生き方」や「在り方」に対する尊敬の念を抱かせられるかどうか。そして、その尊敬に基づいた信頼関係の中で、適切な期待と挑戦の機会を提供できるかどうか。

これは、どの時代においても変わらない、リーダーシップの本質なのではないでしょうか。

セッションが進むにつれて、Bさんは自分の気持ちをより明確に言語化していきました。

「私、別に甘やかされたいわけじゃないんです。むしろ、もっと期待されたい。もっと挑戦させてもらいたい」

「優しい上司」と「尊敬できる上司」は、必ずしも対立するものではありません。問題は、表面的な優しさだけで関係性を築こうとすることです。

本当に若手社員から尊敬される上司とは、以下のような特徴を持っているのではないでしょうか。

仕事への真摯な姿勢を持ち続けている 部下の可能性を信じ、適切な期待をかけている 自分自身も成長し続けている 困難な状況でも、信念を持って判断・行動している 部下一人ひとりの個性や強みを理解しようとしている

こうした「在り方」があってこそ、若手社員は「この人のためなら頑張りたい」と思えるのです。

そして、これは人事としても重要な視点だと思います。

「若手社員の離職を防ぐために、上司にはもっと優しく接してもらおう」 「今どきの若手は厳しさに弱いから、寄り添う姿勢を大切にしよう」

その発想だけでは、本質的な解決にはならないかもしれません。

優しさは確かに大切です。しかし、それは表面的な気遣いではなく、相手の成長を心から願う深い愛情であるべきです。

そして、その愛情は「尊敬」という土台があってこそ、初めて相手に届くのかもしれません。

時代が変わっても、人が人に求める本質的なものは変わりません。それは、「この人のためなら」と思わせてくれる、尊敬に値するリーダーの存在。

表面的な「優しさ」に惑わされることなく、真の意味で部下から尊敬されるリーダーを育成していく。それこそが、これからの時代の人材育成において最も重要な課題なのかもしれません。