人と組織の”葛藤”物語

「なぜ”ゆっくり急げ”なのか」

 このシリーズのタイトルにしている「ゆっくり急げ」という言葉。
実は私にとって、とても個人的で、大切な原点の言葉です。
この言葉に初めて出会ったのは、小学校5、6年生の頃。
担任の先生が、短冊に書いた言葉を、そっと手渡してくださいました。そこに書かれていたのが、「ゆっくり急げ」。


ただ一つ、今でもはっきり覚えていることがあります。
その「ゆっくり」が、ひらがなではなく「緩り」と書かれていたことです。
子どもながらに、何か特別な意味を含んだ言葉のように感じました。


なぜ先生がその言葉を私にくれたのか。
クラス全員に同じ言葉を配っていたのか、私に向けたメッセージだったのか。
今となっては、知る由もありません。
その先生は、いつも穏やかな白髪の国語の先生でした。
もしあの言葉が私に向けられたものだったとしたら、、、
落ち着きのなかった私に、「少し緩めて、でも頑張りなさい」と伝えたかったのかもしれません。


「緩り」と「急ぐ」

「緩り(ゆっくり)」とは、緩急の“緩”。
決して、だらだらすることでも、立ち止まることでもありません。
むしろ私は、大人になってから、この言葉の本当の意味が少しずつ分かってきた気がします。
焦らず、視野を狭めず、自分の状態や周囲をよく見ながら進むこと。
力を入れっぱなしにせず、必要なところで緩めること。
それが「緩り」なのだと思うのです。


一方で、「急げ」とは、がむしゃらに走ることではありません。突然の変化を求めることでもありません。
進むことをやめない、という意思表示なのではないかと、今は受け止めています。

早く進むことだけが「正解」ではない

女性活躍推進の文脈では、ときに「スピード」が強調されがちです。
 早く昇進すること。
 早く成果を出すこと。
 早くロールモデルになること。


もちろん、それが必要な場面もあります。
けれど、人の成長にはそれぞれのリズムがあります。
無理に急げば、心が置き去りになることもある。
逆に、考え抜いた時間、悩み抜いた時間は、あとから必ず力になります。
「ゆっくり」は、決して後退ではありません。
「急げ」は、決して無謀な前進ではありません。
緩めながらも歩みを止めない。
立ち止まりながらも、進む方向は見失わない。
その二つを同時に抱える姿勢こそが、「ゆっくり急げ」なのだと思います。

女性活躍推進と「ゆっくり急げ」

会社で女性活躍推進に取り組み始めたとき、私はこの言葉を思い出しました。
女性管理職比率を上げるために、すでに一定のポジションにいる人を、さらに早く引き上げることは、実はそれほど難しくありません。
けれど、それは一時的な成果に終わることも多い。そうした人たちは、放っておいても自然に上がってくる層だからです。


それよりも、少し時間はかかるけれど、管理職にはまだ少し手の届かないところにいる層に働きかける。
キャリアを諦めない心を育て、
「リーダーになるという選択肢も、悪くないよ。加えてみたら?」
そんなメッセージを送り続けること。
遠回りに見えても、それが長い目で見たときの近道になる。
そのとき私は、「ああ、これは“ゆっくり急げ”だな」と感じたのです。


実際、結果はすぐには出ませんでした。
けれど10年経って、その層の女性たちは確実に管理職として輝き始めました。 そして彼女たちが、今は次の世代を育てる側に回ってくれています。


ゆっくり、でも確実に。
緩めながら、止まらずに。



それは、早く進めない自分を責めないための言葉であり、
同時に、立ち止まり続けないための決心の言葉でもあるのかもしれません。
人生も、キャリアも、女性活躍も。
本当に前に進むとき、人は案外「ゆっくり急いで」いるのだと思います。