栄木の”ひとり言”

【第260号】年末に届いた、思わぬプレゼント

先週(12月26日)の出来事です。
全国的に強風にさらされた日でした。

筆者は前日、山形県の酒田に宿泊していました。
26日は、朝6:37発の酒田駅から、秋田~青森~函館~札幌(16:04着)と北上する出張を計画していました。

ところが、朝起きると猛烈な暴風雪。
外に出た瞬間、折りたたみ傘は一瞬でキノコ状態。
当然のように、JRは運休です。

この日は17:00に札幌で打ち合わせがあり、それまでに到着する必要があります。
しかし、酒田駅は移動手段が限られ、飛行機も飛んでいない。
しかも、JRも再開の目途は立っていません。

途方に暮れかけていたとき、
思いがけず「仙台行き」の高速バスを発見しました。

「仙台に行ければ、何とかなる」

そう思った筆者は、出発間際に高速バスへ飛び乗りました。
このバスを逃したら、次がいつ出るか分かりません。
完全予約制でしたが、事情を伝え、無理やりねじ込んでもらいました。
もし1分でも遅れていたらアウトでした。

「なんてツイているんだ!」

座席について、ほっと一息ついていたところ、
次の停留所で、一人の大柄な男性客が筆者の隣に座ってきました。

「ん、なんだこの臭いは……」

違和感が、嗅覚を通じて一気に押し寄せてきました。
その男性から、なかなか強烈な“存在感”が放たれていたのです。
(例えるならば、お風呂に1か月くらい入らないと漂ってくるような臭いです)

音や視覚の不快であれば、注意すれば済むこともあります。
イヤホンのシャカシャカ音や、騒がしさは、まだ対処ができる。

でも、臭いは違います。
「その臭い、消してください」と言って消えるものではありません。
もう、避ける術がありません。

この瞬間、私の速い脳(ジャッジ脳)がフル稼働を始めました。

「なんでよりによって、自分の隣に座ってくるんだ……」
「この人は、他人にこれだけ迷惑をかけていることに気づいていないのか?」
「自分の服に臭いが移ったらどうするんだ……」

ただただ、ネガティブな感情が湧き起こります。
感謝なんて、とてもできる状態ではありません。

3時間30分、逃げ場なし。

しばらくは、その乗客への不満や嫌悪感を、
頭の中で何度も再生するだけの時間が続きました。

ですが、これでは自らの思考によって、
さらに自らを苦しめるだけです。

そこで、心の中で一度立ち止まり、
遅い脳(理性脳)に切り替えました。

「この出来事は、自分にとってどんな意味があるんだろう?」
「この経験を通じて、自分は何を問われているんだろう?」

自分に投げかけた問いに答えようと、思いを巡らせました。

考えてみれば、この日は朝からずっと、想定外の連続でした。

暴風雪。
運休。
移動不能。
そして、ようやく乗れたバスでの、予期せぬ試練。

これからの人生もきっと、
理不尽で、不都合で、不快な出来事は起きます。

そのときに問われるのは、
理不尽で不快な状況をコントロールしようとすることではなく、
コントロールできない状況下の中で、
自分の精神性をどう保つかなのだと思いました。

これはきっと、
神様からの、ちょっとした試練。

不快な感情を取り除こうとするのではなく、
なかったことにしようとするのでもなく、
ただ、受け入れてみる。

すると、ひとつの気づきがありました。

ここ最近、清潔で、快適で、
「不快を回避できる環境」で生活し、
「痛み」や「不快」を、無意識に避け続けていた自分。

だったら、いっそ、
この経験も含めて、味わってみよう。
泥水をすするような時間も、
人を少しタフにしてくれるのかもしれない。

……とはいえ、正直、3時間30分は長かったですが。

それでも、仙台に着き、
そこから飛行機に飛び乗り、紆余曲折ありながらも、
最終的には無事、時間内に札幌へ辿り着くことができました。

振り返ってみると、
年末に、思わぬプレゼントをもらった気がしています。

それは、
「自分の精神性を試される時間」と、
それを意味づけできたという感覚。

そして何より、
この出来事が、こうして一本の「ネタ」になったこと(笑)。

不快な出来事も、
受け取り方ひとつで、
年の終わりに、ちゃんとした贈り物になる。

そんなことを、
あの強風の日に教えられた気がしています。

ただ、同じ経験は、もうしたくありませんが…。