栄木の”ひとり言”

【第200号】油断大敵

油断大敵。
「気を緩めると危険」という意味合いで、誰もが知ることわざです。

今年のプロ野球日本シリーズの福岡ソフトバンクホークスは、実績や実力では圧倒的に優位とされながらも、結果として、横浜DeNAベイスターズに苦杯を喫しました。
ホークスのコーチや選手から、油断を感じさせるような言動が報道されました。
もちろん、今回の結果は油断があったから負けただけではなく、様々な要因は絡み合っていると思いますが、やはり根っこにあるのは「油断」だと筆者は考えます。

「油断(気の緩み)」がいかに「大敵(命取り)」になるかの例は挙げたらきりがありません。

怪我は油断から来るものが多いです。
交通事故もドライバーのちょっとした油断から起こります。
登山で最も事故が多いのは「下山時」だそうです。山頂に登った達成感から、「あとは下山するだけ」という気の緩みが足元を掬(すく)わせてしまうようです。

いずれも、自身にとっては「大敵(命取り)」になるものです。

歴史を紐解いても油断がいかに大敵であるかを教えてくれます。
例えば、破竹の快進撃を続けていたナポレオン率いるフランス軍。
その勢いでロシアに侵攻したわけですが、これがまさかの大失敗に終わりました。
その最も大きな理由が、ロシアの「冬将軍(冬の寒さ)」への「油断」でした。
ロシアの厳しい気候や兵站(へいたん:戦闘地帯へ後方から必要な物資や兵員を配置するといった活動全般)の問題に対する警戒が不足しており、冬の寒さと食糧不足により大きな被害を受けました。
百戦錬磨のナポレオンにとって、この油断が命取りになりました。

日本では、「桶狭間の戦い」が有名です。
今川義元が織田信長との戦いで油断した結果、大敗を喫した例です。
今川軍は圧倒的な兵力で尾張に攻め込みましたが、信長の奇襲を予想せずに陣を構えたため、織田軍の少数部隊に奇襲されて義元は討たれました。
もし今川軍が油断せず周囲に警戒していれば、この戦いは別の結果になっていた可能性があります。

このように、歴史は「油断」がいかに「大敵(命取り)」であるかを教えてくれます。
それでも、なぜ私たちは同じ誤ちを繰り返すのでしょうか?

それは、私たちの「脳のメカニズム」にあることが明らかになっています。

人間の脳は繰り返しの行動を「習慣化」することで省エネを図ります。
何度も同じ行動をするうちに、脳の前頭前皮質(注意を働かせる部位)の働きが減少し、意識的な注意が薄れます。
これは脳の効率的な働き方ですが、同時に「慣れ」による油断を引き起こす要因にもなります。
特に、自動的に行える行動(例えば家事や毎日の業務)になると、注意を払う必要がないと脳が判断し、注意が散漫になりやすくなります。

また、脳の報酬系(特にドーパミン系)は、成功体験や安心感によって活性化します。
成功体験が繰り返されると、脳は「この状況は安全である」と判断し、警戒感が薄れます。
その結果、油断が生まれやすくなります。

他に脳機能で説明できることはありますが、読者のみなさまも、きっと心当たりがあるのではないでしょうか。

筆者も営業担当者時代、上司から「勝負は終わるまで絶対分からないからな」と口酸っぱく言われたものです。
情勢では優位と思っていても、「勝負はまだ決していない」というのが「現実」です。
それを、「勝ったも同然」と認識すると、どうしても気が緩んでしまいます。

このように、「油断」というものは、「現実との認知のゆがみ」によって生じます。
これが、「大敵(命取り)」につながるメカニズムです。

最近、人気女優・橋本環奈さんのパワハラ報道がありました。
真偽のほどは別にして、特別扱いを当たり前と感じるようになり、「認知のゆがみ」に陥ると、本人は気づかなくても周囲とのズレが生じてしまうものです。
たとえ、「本人は油断とは思っていなくても」です。
成功体験が続いたり、有名になったりするほど「認知のゆがみ」が生じ、油断につながるのは脳のメカニズムからしても明らかです。
(童話「裸の王様」が、それを分かりやすく教えてくれています)

では、そうならないために、私ができることは一体何なのでしょうか?

まず何より、過去の成功を過信せず、「初心に帰る」姿勢を持つことが重要です。
過去に成功していたとしても、それを「一時的な結果」と考えることで、自信過剰や油断を防ぎやすくなります。
例えば、「常に改善の余地がある」と自分に言い聞かせたり、新たな目標を設定し、新しい方法やアイデアを試すことで脳に新たな刺激を与え、注意力を維持できます。

また、自分に率直なフィードバックをくれる第三者の存在も大切です。
「箴言(しんげん)耳に痛し」ということわざがありますが、他人からフィードバックが「認知のゆがみ」を是正し、油断を防いでくれます。

最後に、「日常を大切にする」ことも効果的です。
「日常」とは、「凡事を大切にすること」とも言い換えられます。
どんなに成功しようとも、足元の小さなことを大切にする感覚が、油断を追い払ってくれます。

そんなわけで、当コラムも200号に到達しましたが、これかからも気を緩めず、読者のみなさまにとって少しでも良薬となるような内容を心掛けてまいりたいと思います。