
「それ、思い込みかもしれません」
――研修で伝えるむずかしさ――
「まだ新人だしな」
「〇〇卒だからな」
「女性だからな」
「中途採用だしね」
「前例がないからな」
「アルバイトだからな」
「結果を出してから言え」
仕事や学校、地域の集まり…どこでも、こんな言葉を耳にしたことはありませんか。
言った本人に悪気があるケースは少なく、多くの場合は「事実を言っているだけ」という感覚です。
しかし、言われた側はどうでしょう。
「どうせ自分が言っても聞いてくれない」と感じ、だんだん意見を言わなくなり、指示を待つだけになってしまいます。
これが続くと、本人のやる気が下がるだけでなく、チーム全体の成果にも悪影響を及ぼします。
講師として感じる壁
筆者は研修講師として、この「無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)」について伝えることがあります。
ただ、このテーマは意外と難しいのです。
なぜかというと、受講者の中には冒頭のようなセリフを“すべてNGワード”だと受け止める方がいるからです。
「この言葉は言ってはいけないんだな」と思うあまり、何も話せなくなってしまう。
それでは会話や意見交換が減り、関係性がかえって希薄になります。
本来の目的は「NGワードを増やして、コミュニケーションの機会を減らすこと」ではなく、相手を見下したり、可能性を奪ったりしない“話し方”と“聞き方”を身につけることにあります。
思い込みは生きるための知恵
そもそも私たちの脳は、省エネで素早く判断するために、過去の経験や見た目からパッと決めつけるクセがあります。
太古の昔、人はこのおかげで命を守ってきました。
「知らない人=危ないかも」と警戒すれば身を守れますし、
「この食べ物=安全」と信じれば食中毒を避けられます。
つまり、思い込み自体は生き延びるための知恵でもあるのです。
しかし、可能性を奪うことも
便利なはずのこの思考のクセが、未来を閉ざしてしまうこともあります。
「前例がないから無理」と決めつけていたら――
野球の大谷翔平選手が「二刀流」に挑戦することもなかったかもしれません。
「女性だから管理職は無理」という思い込みがあれば、
その職場に新しい風は吹き込まれません。
「違い」と「優劣」を混同しない
大切なのは、違いと優劣を混同しないことです。
- 男性と女性は体のつくりが違う。でも、どちらが優位というわけではない。
- 総合職と事務職は役割が違う。でも、どちらが立派という話ではない。
- 先輩と後輩は立場が違う。でも、どちらが偉いというわけではない。
- 稼いでいる人とそうでない人は状況が違う。でも、どちらが人間的に優れているという話ではない。
違いを認めることは悪くありません。
しかし「こちらの方が上」という意識が入った瞬間に、人間関係は一気にぎくしゃくします。
そこにあるのは本来「役割の違い」だけのはずです。
人はなぜ優劣をつけたがるのか
思い込みをゼロにすることはできません。
人類は歴史的に「守る側」と「守られる側」というヒエラルキー(階層)をつくり、集団を維持してきました。
そのため、無意識に「優劣」を入れたくなる傾向があります。
ですが、中立的な視点に立てば、それは単なる役割の違いであり、互いに支え合っている関係です。
気づくことから始める
アンコンシャス・バイアスの弊害を減らす第一歩は、気づくことです。
「今、自分は決めつけていないかな?」と立ち止まるだけで、見方は変わります。
例えば、こんな問いかけをしてみてください。
- それは本当に事実? それとも私の思い込み?
- もし立場が逆だったら、どう感じるだろう?
一呼吸おくだけで、相手への見方がやわらかくなります。
研修で伝えたいこと
筆者が研修で目指しているのは、この「気づき」を持ち帰ってもらうことです。
正しく伝えなければ、「言葉狩り」のように受け止められ、職場が沈黙に包まれる危険があります。
だからこそ、何度も強調します。
悪いのは言葉そのものではなく、受け止め方や優劣意識のほうなのだと。
言葉を全部禁止するのではなく、その背景にある“思い込みのクセ”に気づく。
それこそが、アンコンシャス・バイアスとうまく付き合う第一歩です。