栄木の”ひとり言”

【第243号】「自由」ってなんだ? ~前編~

自由とは本当に自由か?

「自由になりたい」――。
誰もが一度は思うことではないでしょうか。
時間から解放されたい。お金に縛られたくない。人間関係のしがらみから抜け出したい…。

筆者も独立して6年目になります。
会社員時代の知人からは「独立って自由でいいよなー」と言われることがあります。ノルマもない、人間関係のわずらわしさもない、スケジュールは自分次第。確かに外から見れば“自由人”に見えるのかもしれません。

ところが実際は、案外「不自由」です。
後ろ盾はなく、収入がいつ途絶えるか分からない。「今日は休んでもいい」と思えば休めるけれど、「明日は仕事がなくなるかも」という不安が常に隣にある。
時間的には自由でも、精神的にはむしろ縛られている――。そこで気づいたのです。「自由」と「不自由」は、いつも表裏一体なのではないか、と。

いろんな立場の“不自由”

① 人間関係の不自由(FIRE)
十分な資産を貯めて早期リタイア――いわゆるFIRE。究極の自由に見えます。
でも実際にFIREした人がよく口にするのは「平日に遊ぶ仲間がいない」。
お金も時間もあるのに、同年代の友人はまだ働いていて誘えない。結局、ひとりでゴルフや旅行に行くことになる。
さらに「社会から必要とされていない」という虚無感が襲ってくる。物理的には自由でも、心は不自由になるのです。

② 評価と依存の不自由(YouTuber・アーティスト)
「好きなことで生きていく」――華やかに聞こえます。
しかし現実は、アルゴリズムに振り回され、ファンの期待に応え続けなければならない世界。
「もっと尖った作品を出したい」と思っても、再生数が落ちれば収入も落ちる。
動画を出すたびに数字に一喜一憂し、SNSのコメントに心を削られる。
自由どころか、評価に依存してしまうのです。

③ 責任の不自由(社長)
「社長は気楽でいいよな」――そんな言葉を耳にしたことがあります。
けれど実際は、社員の生活・顧客の信頼・株主の期待・社会的責任…あらゆるものを背負い込みます。
資金繰りが苦しければ夜眠れず、決断を誤れば人の人生を変えてしまう。
一見“自由に決められる立場”でも、決断の重さゆえにむしろ逃げ場のない不自由を抱えるのです。

④ 安定の不自由(公務員・資産家)
「公務員は安定してて羨ましい」とよく言われます。
でも安定は同時に「挑戦できない」という不自由を生む。
組織の枠を外れて挑戦しようとすれば「出る杭」とされ、変化よりも現状維持を求められる。
また資産家も同じです。「お金持ちはいいな」と思われがちですが、資産を失う不安や親族間の遺産相続の争いに常に縛られる。
“失う怖さ”が行動の自由を奪うのです。

筆者の気づき

こうして並べてみると、分かってきます。
自由かどうかは、立場や職業では決まらない。
FIREであろうと、YouTuberであろうと、公務員であろうと、誰もがそれぞれの“不自由”を抱えているのです。

そして筆者自身も、独立という「自由」を選んだはずが、不安や責任という新しい“不自由”に直面しています。

では、ホンモノの自由とは?

では私たちは、常に不自由なまま生きていくしかないのでしょうか?
実はそうではありません。
一見不自由な状況でも「自由」を手にすることは可能です。

では、時間・お金・精神・人間関係・変化・健康――あらゆる面で“ホンモノの自由”を得るには、どうすればよいのか?

来週の後編で、その答えを探っていきたいと思います。