
日本人なら、このことわざを知らない方はいないと思います。
「知らぬが仏」ということわざは、「知らない方が幸せ」という意味です。
これは、悪い知らせや不都合な真実を知らないでいる方が、精神的に楽で幸せでいられることを示しています。
直訳すると「知らないことが仏(のように穏やかでいられる)」という意味合いです。
何かを知らなければ心が乱されず、平穏でいられるという考え方が基になっています。
この考えは、筆者を含め、現代に生きる人にとって大切な知恵のように思います。
「えー、そんなことも知らないの?」
そう言われると、バカにされた気がして心穏やかではない方も多いと思います。
しかし、「知らぬが仏」の考えを持っていると、それは「褒め言葉」とも捉えられるのです。
世の中には知らなくていいこと、知らない方が良いこともたくさんあります。
例えば、以下のようなケースです。
・パートナーのスマホを覗いてしまったがために、険悪な関係に陥ってしまった。
・SNSで身近な他人の情報が簡単に入ってくることで、自分と他人を比べてしまう。
・YouTubeなどの動画を見たら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
・「知らないとトレンドについていけないのではないか」という強迫観念に駆られ、落ち着かない。
・手持ち無沙汰になると、ついスマホを取り出して、つい情報にアクセスしてしまう。
知ってしまったがために、苦悩する、不安になる、妬む、僻む、焦る、迷う…。
知ろうとするあまり、何かが気になって今やるべきことに集中できなくなるということは往々にしてあります。
このように、「知る」ことの弊害は計り知れません。
一方、今回のコラムは「知ることがいけない」と言いたいわけではありません。
もちろん、知ることによる恩恵も私たちは多く受けています。
申し上げたいのは、この情報化社会において、私たち現代人は「知らないと損をする」というようなバイアスが刷り込まれているということです。
この事実にまず気づくべきだと筆者は考えます。
現代社会において、「知らぬが仏」の知恵を身につけることの恩恵は以下の通りです。
1.情報過多によるストレスの軽減
現代社会では、膨大な情報が常に流れており、多くを把握しようとするとストレスが増大します。
必要な情報だけを選び、その他の情報を遮断することで、精神的な負担を減らすことができます。
2.生産性の向上
不要な情報に気を取られないことで、集中力を保ち、生産性を高めることができます。
特にビジネスの現場では、関係のない情報に振り回されず、重要なタスクに集中することが求められます。
3.メンタルヘルスの保護
ネガティブな情報や刺激的なニュースに過剰にさらされることは、メンタルヘルスに悪影響を及ぼす可能性があります。
必要以上に不安や恐怖を感じないために、情報を適度に制限することが大切です。
結論として、情報化社会において「知らぬが仏」という知恵を身につけることは、情報の洪水から自身を守り、精神的な安定を保ち、人生を充実させるために重要な指針となり得ます。
他人や世の中に振り回されず、「内なる充足感」のある人生を送りたいと思う今日この頃です。