いきなりですが、みなさまに質問です。
ありがたいと感じることを、パッと10個思い浮かべてみてください。
もう一つ。
60秒だけ目を閉じて、何も思い浮かべずに「無」になってみてください。
筆者は、研修でこの問いを投げかけることがあります。
すると、ほぼ全員の方が、どちらも意外とできません。
ありがたいことを10個挙げることもできない。
60秒、何も考えずにいることもできない。
これは、感謝の気持ちがないという話ではありません。
問題の本質は、現代人の思考の向きにあるのだと思います。
ゲシュタルト心理学でよく使われる「欠けた円」の図があります。
円の一部が欠けていると、私たちの目は、どうしてもその欠けた部分に向かいます。
本当は、円の大部分はすでに存在している。
でも、意識は欠けたところに吸い寄せられる。
これは、私たちの日常にもよく似ています。
できていることより、できていないこと。
持っているものより、足りないもの。
終わったことより、未完了のこと。
解決したことより、未解決のこと。
私たちの頭は、放っておくと「欠けているところ」を探しにいきます。
なぜなら、人間の脳はもともと、危険や不足に気づくようにできているからです。
足りないものに気づく。
異変に気づく。
問題に気づく。
これは、生き延びるために必要な力でした。
現代でも同じです。
仕事では、抜け漏れに気づく人が評価されます。
家庭では、やるべきことに気づく必要があります。
社会では、次々と入ってくる情報に反応し、判断し、処理することが求められます。
つまり、欠けたところに気づく力は、悪いものではありません。
むしろ、現代社会に適応するためには、とても大切な力です。
ただし、問題は、その状態がずっと続いてしまうことです。
常に足りないものを探す。
常に未完了のことを思い出す。
常に次に処理すべきことを考える。
そうなると、心は落ち着く暇がありません。
ありがたいこととは、多くの場合、すでに存在しているものです。
仲間がいること。
働ける場所があること。
支えてくれる人がいること。
今日もご飯を食べられること。
体が動くこと。
でも、欠けたところばかりを見ていると、すでにあるものに想いを馳せることが難しくなります。
「ありがたいことがない」のではありません。
ありがたいことに、意識が向きにくくなっているのです。
60秒、無になることが難しいのも同じです。
目を閉じた瞬間に、いろいろなことが浮かんできます。
あの仕事、どうしよう。
あの人に返信しなきゃ。
あれ、まだ終わっていない。
そういえば、あれも気になる。
私たちの日常は、気になる、処理する。
また気になる、また処理する。
その繰り返しです。
これは、最近起きるさまざまなニュースや、SNS上の反応とも無関係ではないように思います。
何かが起きる。
すぐに誰かが反応する。
すぐに意見が広がる。
すぐに正しさがぶつかり合う。
もちろん、すぐに声を上げるべき場面もあります。
すぐに助けを求めるべき場面もあります。
ただ、私たちの心が常に探索状態になっていると、立ち止まって考える前に処理してしまうことがあります。
立ち止まる前に、反応してしまう。
確かめる前に、決めつけてしまう。
味わう前に、次へ行ってしまう。
ここに、現代人の難しさがあるように思います。
だからこそ、今必要なのは、欠けたところを見つける力だけではありません。
すでにあるものに気づく力。
今、自分が何を感じているのかに気づく力。
すぐに反応せず、いったん立ち止まる力。
感謝とは、無理やりポジティブになることではありません。
すでにあるものに、もう一度ピントを合わせ直すことです。
現代人は、欠けた円の「欠けた部分」を見つける力を高めてきました。
だからこそ、ときどきは、すでに描かれている円の大きさにも目を向けたいところです。
欠けているものを探す目を、少し休ませる。
すでにあるものに、気づく。
そこに、焦りや不安から少し離れるヒントがあるのではないでしょうか。