栄木の”ひとり言”

【第296号】今日の「目的地」は?

先週、あるお客様から、こんな相談を受けました。

「栄木さん、こういうとき、どうしたらいいんですか?」

プロジェクトの資料をつくろうと、PCを開く。すると、部下から通知が届く。

「まだやっていません」
「できませんでした」

それを見て、感情的に反応してしまう。
部下のことに気持ちを持っていかれ、結局、資料は未着手のままになってしまったそうです。

筆者にも、心当たりがあります。

何かをしようとPCを開いたのに、メールが気になる。

「そういば、あれどうなっていたかな」

確認するうちに別のことを思い出し、調べようとウィンドウを開く。また別の情報が目に入る。

「あれ、そもそも何をしようとしていたんだっけ?」

スマホも同じです。一件の連絡を確認するつもりが、ニュースを読み、別のアプリを開いている。少し休もうと手に取ったのに、次々と情報を追いかけている。
疲れているときほど、区切りもつけにくくなります。

厄介なのは、その間も頭と手は動いていることです。

さぼっていたわけではありません。
むしろ、一生懸命に対応していた。
だからこそ、一日の終わりに「こんなに頑張ったのに」という気持ちまで残ります。

いうなれば、自分の脳が、何者かに乗っ取られている状態です。

自分の目的で開いた画面なのに、いつの間にか、入ってくる情報や、湧き上がる感情に、次の行動を決められているのです。

「資料をつくろう」が、通知一つで「なぜ、まだやっていないんだ」に変わってしまう。
画面を資料に戻しても、頭の中ではまださっきのメンバーのことを考えている。

クリック一つで画面は切り替わっても、気持ちまでは切り替わりません。


例えるならば、「車の運転」にも近いかもしれません。

知らない場所に向かうとき、カーナビやGoogleマップに目的地を入力します。
どこに行きたいかが決まっているから、道順を選べる。
途中で寄り道をしても、戻る先がわかります。

では、私たちの一日はどうでしょうか。

朝、PCを開く。スマホを見る。届いている連絡を確認し、目に入ったものから対応していく。

「今日は、どこに向かいたいのか」を確かめる前に、走り出してはいないでしょうか。
あるいは、決めていた目的地を、途中で忘れてしまってはいないでしょうか。

ずっと走っていたので、疲れてはいる。
でも、行きたかった場所には近づいていない。

「忙しかったのに、大事なことが進んでいない」というモヤモヤは、この感覚に近いのかもしれません。

冒頭の例でいえば、もちろん、部下が困っていれば、立ち寄ることも必要です。
状況によっては、目的地を変えた方がよいこともあるでしょう。

そのときに、「今はこちらを優先しよう」と自分で選んでいるのか。
それとも、反応するうちに進む方向が変わってしまったのか。
同じ寄り道でも、この違いは大きいと思います。

目的地は、仕事の成果だけではありません。

「気になっていたことを一つ終えて、すっきり帰りたい」
「夜は家族と、穏やかな気持ちで過ごしたい」

そんな一日の終え方も、自分で選ぶ目的地です。

今日、自分はどこに向かいたいのか。
そして今、どこに向かっているのか。

次にPCやスマホを開く前に、少しだけ確かめてみませんか。