栄木の”ひとり言”

【第303号】悟っテル?

先日、あるお客様から、こんなことを言われました。

「どうしたら栄木さんのような境地にたどり着けるんですか?」

「初めてお会いしたときから、何というか、雰囲気がいいというか、人を不快にさせないものを持っている感じがするんです」

これまで”ディスられ”まくりの人生だったので(笑)、素直に嬉しく感じました。

ふと、妻から最近言われた言葉を思い出しました。

「前より怒らなくなったよね」

確かに、以前より穏やかになった気はします。
もしかすると、お客様が感じてくださったのも、そのことなのかもしれません。

では、筆者は悟りの境地にたどり着いたのでしょうか。

答えは、全力でNOです(笑)。

腹も立ちますし、嫉妬もします。やる気が出ない日もあれば、自己否定に陥ることもあります。
機嫌が悪いときだってあります。

ただ、一つ変わったことがあります。

自分の心の中で起きる、ちょっとした反応に以前よりも気づくようになったことです。

「あ、今イラッとしたな」
「あ、今、逃げようとしたな」
「あ、今、自分さえ良ければと思ったな」

人間ですから、こうした感情が湧くのは自然なことです。

大切なのは、その後です。

湧き上がった感情をそのまま行動に移せば、誰かを傷つけることがあります。
一方で、無理に押し殺せば、いつか爆発することもあります。

筆者が心がけているのは、感情を否定も肯定もせず、ただ気づくことです。

「あ、今こう思ったんだな」

それだけです。

自分の感情に、いちいち良い悪いの判定を下していたら、身が持ちません。

例えば、悲惨なニュースを見て、心のどこかで「自分じゃなくてよかった」と安心する自分がいます。

そんな自分に気づいても、責めるわけでも、正当化するわけでもありません。

ただ、「自分にもこういう一面があるんだな」と知る。

不思議なもので、自分の中にある弱さや醜さを知るほど、他人の弱さにも寛容になれる気がします。

”自分は偉くもないし、立派でもない”という自覚。

これは自己否定ではありません。

自分も欲や弱さを持った、ごく普通の人間だという自覚です。

だからこそ、人を必要以上に裁かなくなる。
マウントを取る必要もなくなっていくのかもしれません。

考えてみれば、誰だってマウントを取られたら嫌ですから(笑)。

最近、つくづく思います。

穏やかな人とは、感情が湧かない人ではなく、
湧いた感情に振り回されにくい人なのかもしれません。

そして、自分の心の動きを知ることは、
その後の行動を主体的に選べるようになることでもあります。

筆者は、おそらく一生、悟りの境地にはたどり着けません。
ただ、以前よりも、自分がいかに悟りから遠い人間なのかに気づけるようになりました。

もしかすると、それが少しだけ穏やかになれた理由なのかもしれません。