先日、ある企業で若手社員向けのキャリア研修を行いました。
全体的には、おとなしめの雰囲気でした。
その中で一人、少し印象に残る受講者がいました。
態度からして、どこか攻撃的。
ワークにもなかなか取り組もうとしない。
グループワークでも、少し一歩引いたような物言いをする。
まるで、昔の自分を見ているようでした。
「こんなに忙しいのに、なぜ丸一日も研修に取られなければいけないんだ」
そんな声が、態度からにじみ出ているようにも感じました。
後で事務局の方に聞くと、その受講者は同期の中でもエース級の社員だそうです。
なるほど、と思いました。
優秀だからこそ、簡単には受け取らない。
自分なりの考えもある。
だからこそ、上っ面のきれいごとには反応しない。
そんなタイプなのかもしれません。
しかし、研修が進むにつれて、少しずつ変化が見えてきました。
ワークに向き合う姿勢が変わる。
グループワークでの表情が変わる。
最初は斜に構えていたように見えた彼が、少しずつ前のめりになっていくのを感じました。
そして研修の最後。
挙手制で、感想を発表してくれる人を募りました。
すると、なんと彼が手を挙げたのです。
少し照れくさそうにしながら、彼はこう話してくれました。
「正直、こういったキャリア研修みたいのは、今までは胡散臭いと感じていました。実際、そういう研修が多かったんです」
その瞬間、会場には少し笑いが起きました。
「それ、講師の前で言っちゃう?」という空気です。
でも、彼は続けました。
「ただ、今回の研修はきれいごとではなく、現実的な内容でした。明日から取り組めそうなことも多く、とても良い研修だったと思います」
その言葉を聞いたとき、素直に嬉しくなりました。
もちろん、講師として褒められたから嬉しかった、ということだけではありません。
最初は距離を置いていた一人の若手社員が、自分の中で何かを受け取り、自分の言葉で語ってくれた。
そこに、大きな意味を感じたからです。
最後に合流された事務局の方も、こうおっしゃっていました。
「最後の彼の発言が、すべてを物語っていたように思います。この研修を企画して本当によかったです」
ただ、IK!IK!のミッションは、研修当日に満足してもらうことでは終わりません。
本当に目指したいのは、受講者一人ひとりが、仕事に対する向き合い方、自分との向き合い方を少しでもアップデートし、
「今の会社で、もう少し頑張ってみよう」
と思えることです。
筆者は、最近の転職支援の過剰な煽りに、正直、危うさを感じています。
もちろん、転職そのものを否定しているわけではありません。
人には合う環境、合わない環境があります。
新しい場所に移ることで、その人らしさが開花することもあるでしょう。
ただし、まだ仕事において大切な力が育まれないうちに、次の会社へ行ってしまうことには、もったいなさを感じます。
やり切る力。
信頼関係を築く力。
問題を発見する力。
顧客視点で考える力。
自分の感情や行動を整える力。
これらはいわゆる、非認知能力と呼ばれる力です。
そして、この力は、動画を見たり、本を読んだり、資格を取ったりするだけで簡単に身につくものではありません。
日々の仕事に向き合う。
うまくいかない経験をする。
人との関係に悩む。
自分の未熟さに気づく。
それでも逃げずに、もう一度向き合ってみる。
その積み重ねの中で、少しずつ育まれていくものです。
今の時代は、どうしてもスキル偏重になりがちです。
そして、嫌なことがあればすぐに環境を変える、という選択肢も取りやすくなりました。
それ自体は、悪いことではありません。
しかし、環境を変える前に、今いる場所でしか育てられない力がある。
今の職場で積み上げてきた関係性や経験があるからこそ、深く育つ力がある。
そこに気づくことも、キャリアデザインの大切な一部だと思います。
今回の研修は、会社に残ることを押しつけるものではありません。
「辞めるな」と伝える研修でもありません。
むしろ、自分のキャリアを自分で考えるために、まずは今の仕事をどう意味づけるか。
今の経験から何を学び、どんな力を育てるか。
その視点を持ってもらうための研修です。
結果として、今の会社でまずはしっかり足場を固める。
そのうえで、どこからも必要とされる人になる。
その先に転職という選択肢があるなら、それはそれで素晴らしいことだと思います。
問題は、転職することではありません。
非認知能力が育まれないまま、環境だけを変え続けてしまうことです。
今回のキャリアデザイン研修は、そういう意味での離職防止を目的としています。
一年後、あの日研修を受けた若手社員たちが、今の仕事にどう向き合っているのか。
そして、あの彼がどんな表情で仕事をしているのか。
今から少し、楽しみにしています。