筆者が研修で話をしすると、必ずと言っていいほど受講者の反応が変わるテーマがあります。
それは「速い脳」と「遅い脳」の話です。
ノーベル経済学賞を受賞した心理学者、ダニエル・カーネマンが紹介した「システム1」と「システム2」という考え方です。
「速い脳」とは、いわば脳の自動運転モード。
反応、反射、直感、習慣など、いちいち考えなくても働く思考です。
例えば、毎朝の歯磨き。
一本一本、どの歯から磨こうかなどと考える人は、あまりいないでしょう。
この自動運転のおかげで、私たちは日常生活を効率よく送ることができます。
ところが、「速い脳」には厄介な側面があります。
それは、「気になる」という反応です。
人間は、何かが気になると、それを確かめたくなります。
仕事中にメールが気になる。スマホを見る。返信がないと、また気になる。
ニュースをチェックする。SNSを開く。ほかの人の活躍を見て、今度は自分のことが気になり始める。
気になることを解消すると、一瞬スッキリします。
でも、また次の「気になる」が現れる。
まるで、終わりのないモグラたたきです(笑)。
気づけば、何もしていないはずなのに、頭の中は大忙し。
誰にも急かされていないのに、なぜか焦っている。
ちょっと待たされただけでイライラする。
予定を詰め込み、いつも時間に追われている。
もちろん、忙しさには現実的な事情もあります。
ただ、その忙しさの一部は、頭の中にある無数の「気になる」が生み出しているのかもしれません。
そして、筆者が最も怖いと感じるのは、「今、この瞬間」を味わえなくなることです。
おいしい食事をしていても、別のことを考えている。
家族と一緒にいても、仕事のことが気になる。
目の前の人が話していても、次に自分が何を話そうか考えている。
青空が広がっていても、ただ雲を眺めることすらできない。
体はここにあるのに、心はいつも別の場所にある。
これでは、目の前にある幸せにも、なかなか気づけません。
人間関係も同じです。
自分にとってメリットがある人か、相手からどう評価されてるのか。
そんなことばかり気にしていると、いつの間にか相手を一人の人間として見ることが難しくなります。
そこで大切になるのが、意識して立ち止まり、考え、注意を向け直すことです。
いわば「遅い脳」の出番です。
何かが気になっても、すぐに飛びつかない。
「ああ、今、自分は気になっているんだな」
そう気づいて、いったん横に置いてみる。
そして、目の前の一つに心を向ける。
相手の話を最後まで聞く。
頼まれたことを一つひとつ丁寧にこなす。
ただ空を眺める。
命に感謝しながら、食事をゆっくり味わう
自分の都合をいったん脇に置き、誰かを思いやる。
これは簡単そうで、なかなか難しいことです。
だからこそ、日々の小さな訓練が必要なのでしょう。
筆者は、今週、ちょうど50歳を迎えました。
人生の後半戦、どんな生き方をしたいのか。
いろいろ試行錯誤しながら、自分なりに一つの答えにたどり着きました。
「集中状態を保つ(=今、ここを生きる)」
集中といっても、歯を食いしばって頑張ることではありません。
あれもこれもやろうとしない。
浮かんできた欲望や雑念に、いちいち付き合わない。
ただ、目の前にあるものを大切にする。
遠くの理想の自分には、なかなかなれません。
でも、今この瞬間から、なりたい自分に近づく行動はできます。
充実した人生とは、
どれだけ多くのことを成し遂げたかだけではなく、
どれだけ目の前のことに心を向けて生きられたか、なのかもしれません。
50歳からは、そんな一日を積み重ねていきたい。
もちろん、時にはまた、余計なことが気になるでしょう。
そのときは、気づいて、また戻ればいい。
人生は、いつだって「今、この瞬間」から始められます。