栄木の”ひとり言”

【第305号】「いいからやれ」の意外な効用

管理職研修では、上司の部下に対する関わり方を取り上げることがよくあります。

そこで、しばしば話題になるのが、「いいからやれ」という言葉。
筆者が若かりしころは、何回上司から言われたことでしょう。

「今の若い人たちは、頭で理解して納得しないと動きませんよ」
「一方的に指示しても、なぜそれをやる必要があるんですか? と聞き返されてしまいます」

なるほど。確かにその通りだと思います。

上司が高圧的に「いいからやれ!」と命令すれば、メンバーは反発するでしょう。
納得感を大切にすることも、自律性を引き出すことも、今のマネジメントには欠かせません。

でも、最近ふと思ったことがあります。

「いいからやれ」って、そんなに悪い言葉なんだろうか?

もちろん、他人から一方的に言われるのは筆者も嫌です。

でも、自分自身に向かって「いいからやれ!」と命令することには、意外と大きな効用があるんじゃないかと。

というのも、人間は、頭が働けば働くほど、やらない理由を見つけるのが天才的にうまい生き物だからです。

「失敗したらどうしよう」
「今じゃなくてもいいんじゃないか」
「もう少し準備してからにしよう」
「条件が揃ってからにしよう」

しかも、どれもそれなりに筋が通っている。

慎重に考えているつもりが、いつの間にか、行動しないための理由探しになっていたりする。

そんなとき、自分に言い聞かせる言葉が、

「いいからやれ!」

すると、不思議なことが起きます。

面倒くさいと思っていたことも、始めてみれば意外と簡単だったりする。
気が進まなかったことも、やってみたら案外楽しかったりする。
失敗したとしても、思いがけない発見があったりする。

つまり、行動する前には想像できなかったことが、行動した後には見えてくる。

ここが面白いところです。

私たちは「納得してから行動する」ことを大切にしますが、
「行動したからこそ納得できる」ことも、実はたくさんあるのではないでしょうか。

これは、今日一日の行動だけではなく、人生の視点でも同じことが言えると思います。

人生を長い目で見たとき、失敗することよりも、ためらって行動しなかったことの方が、意外と大きな損失になるんじゃないかと。
「もっと〇〇しておけばよかった」と。

失敗した損失は目に見えます。
でも、行動しなかったことで逃してしまった出会いや経験、可能性は、なかなか目に見えません。

もちろん、何でも考えずにやればいいという話ではありません。
大きなリスクを伴うことには慎重な判断が必要ですし、やらないという決断が正しいこともあります。

ただ、やった方がいいと分かっているのに、気分が乗らない。不安がある。面倒くさい。
そんなときまで、自分の気分に従う必要があるのでしょうか。

「やりたくない」「不安だ」「どうしよう」という気分がでてきたときこそ、
「いいからやれ!」と自分に命令したい。

最近、そんなふうに思うようになりました。

上司からの「いいからやれ!」は、できれば遠慮したい。
でも、自分自身への「いいからやれ!」は、もっと積極的に使ってみてもいい。

考えすぎて動けなくなった自分の背中を、最後に押してくれるのは、案外そんなシンプルな一言なのかもしれません。