栄木の”ひとり言”

【第298号】「特に用はないけど、電話してみた」

先週、ある知人に電話をかけてみました。

そうしたら、突然の電話に驚いた様子で、「何かあったの?」と不安げな声。

「いや、特に用はないけど、電話してみた」

すると、「なんだ。何かあったのかと思ったよ」と安堵の声。

昔だったら、「よう、久しぶり!」「おー元気か~」「最近どうよ」で始まっていた電話。
電話そのもののあり方が、変わったように感じます。

いつから、人に話しかけるには「用件」が必要になったのでしょう。

最近、仕事で人と話していると、みんなが「急行列車」に乗っているように感じます。
行き先は、業績、目標、今日中に終わらせる仕事。
結論や期限には停まりますが、その途中にある、人の気持ちや言葉にならない思いは、通り過ぎてしまう。

先日、ある経営者と話していても、そんなことを感じました。
事業をどうするか、社員にどう動いてもらうか。
頭の中は、解決すべき課題でいっぱいのようでした。

例えば、声が小さい社員には「もっと大きな声で話そう」と助言する。
それ自体は、間違いではありません。
でも、緊張しているのか、慎重に言葉を選んでいるのか。その場では話しにくいことがあるのか。まだ、分かりません。

分からないまま、「どう直すか」だけが決まっていく。
時には、発言や態度の一部分から「この人はやる気がない」と、人物像まで決まってしまう。

人に関心がないというより、人に目を向ける余白がなくなっているのかもしれません。

外部環境が厳しく、悠長なことを言っていられない事情も分かります。
AIをはじめ、効率化の道具も増えました。
一日でできることは増えた。
でも、周囲も同じです。
空いた時間には次の仕事が入り、「ここまでできるはず」という期待も上がっていく。

速く走れるようになったのに、停まる余裕は増えない。
急行だったはずが、いつの間にか新幹線です。

そんなときに電話が鳴れば、「声をかけてくれた」よりも、「仕事を中断された」と感じてしまうのでしょう。

職場でも、声をかければ集まる。
予定された時間には、きちんと話す。
でも、終わればそれぞれの仕事へ戻っていく。

必要なやりとりはある。
それなのに、お互いを気にかけ合っている感じが、どこか薄い。

もちろん、話しかけないのも、「忙しそうだから」という気遣いかもしれません。
みんなが互いの忙しさを気遣って、用件のない声が消えていく。
そう考えると、少し切ないものがあります。

いつも各駅停車である必要はありません。
ただ、「どうして、そう思ったんだろう」「この前の話、その後どうなったかな」と、相手のところに少し停まってみたい。

それを「雑談は生産性を高めるから」と説明し始めたら、また急行列車に戻ってしまいそうです(笑)。

役に立つからではなく、気になったから。
何かを頼みたいのではなく、声を聞きたくなったから。

「特に用はないけど、電話してみた」

用件はない。
でも、あなたに関心がある。
そんな一言が、もう少し自然に行き交ってもいい気がする、今日この頃です。